
ここ最近は写真をプリントしたり、スポッティングなどを施している事が多いです。
7月と8月にグループ展に出展します。告知等、後々していきたいと思います。
そうするうちに、次の写真展(個展)に向けてのコンセプトが降りてきました。
ある疑問、それに対する推察、そしてその検証・・・一連の結果を展示します。
タイトルは「15:15」
うーむ。個展のタイトルが先に決まってしまいました(笑)

自分の人生で写真はどんな意義があるのだろう。
写真を撮り続ける事に、どういう意味があるのだろう?
自分の部屋に暗室を作り、現像やプリントの液まで自分で調合して、
果たしてその先に残る物は何だろう?
死ぬ前に「神の宿る1枚」を残せるだろうか。

久しぶりに夜景を撮影したが、年に2〜3度撮るくらいじゃなかなかキマらないものだ。
いくつかはもう一つの方へUPしてみた。

八月の写真展に向けてプリントを作成した。
テーマは "Peace" - 今回のプリントはそのテーマに沿うつもりで、
見てて清々しい気持ちになる様な、そういうプリントを心がけた。
果たして上手く出来ているだろうか?

ふと、「自分の恋人がヌードモデルとなって撮られている」状況が頭に浮かんだ。
途端に猛烈な嫌悪感を覚えた。いや、嫌悪感と言うか嫉妬と言うべきだろうか。
自分の大切な異性が自分以外の誰かに裸をさらすのは、それが例えどんな相手だろうとどんな
状況であろうと、自分には些かも受け入れ難いものである、とはっきり認識した瞬間だった。
自分自身こうして写真を撮っていて、ヌードを撮れと頼まれたらきっと撮るであろう。
それだけに、そういうシチュエーションにはそれなりの理解と許容力を持っているつもりだったが、
実のところそう言う物は微塵も持ち合わせていない様だ。