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LEICA CL / G-Planar 45mm
F5.6, 1/500 sec.
Neopan 100 ACROS
Hypercat

ライカCLを手に入れてもうすぐ2ヶ月になる。その間、ほぼ毎日の様にシャッターを切り写真を撮った。最初は加減が分からずにゆっくりと巻き上げシャッターを切っていたが、今は日が経つにつれてどんどんCLが手に馴染んでいくのが分かる。どこにファインダーが有り、巻き上げレバーがあり、シャッターダイアル&ボタンが有るか。自分の身体がそれを記憶としてしっかりと刻み込み、CLを手に取ると自然に全てのポジションに指が動く。自分の視点が動く。

しばらく前まで、自分の手元には2(3) 台のライカがあった。一つはこのCL。そしてもう一つはM4だ。バルナックIIIfはLマウント機だから、他の2台とはそもそも土俵が違うと言えよう。正直、同じテリトリーに属するカメラを幾つも持っている事を自分はあまり良しとしない。CLとM4、この2台はまさに全く同じ縄張りに棲む物同士であり、従って自分がどちらかを手放そうと思ったのはごく当然の成り行きである。

そして自分は結局のところ、M4を手放し、CLを手元に残した。

何故M4を手放した?逆じゃないのか?と不思議に思う人もきっといるだろう。M4はライカの完成形と言う人もいる位の成熟したライカだ。そして自分の(物であった)M4はレザートーンの塗装を施されて非常に美しく、修理点検済みなだけに調子も良かった。いっときでもあのM4を手元に置いていられたのは、それはきっと幸せな経験だったと思う。そんな素晴らしいM4をなぜ手放したのか?

こういう事を書くと、世の中のM型ライカ使いに嘲笑されるかもしれない。しかし自分にとって、M型ライカのあの「大きさ」がどうしても手に馴染まなかった。CLよりほんの指一本分、横幅が広いあのシルエットがどうしても馴染まなかったのだ。レンズを付け、手に持って構えた時に「おや」?と思う違和感がそこにあった。機械的な調子や操作感と言った物では無く、持った時に感じる違和感だ。何度持っても結果は同じ、なんだかしっくりこない。

実はこの経験は今回だけではない。2年ほど前に一度、M4では無いが自分はM型ライカを手に入れた。思えばあれが人生初のライカだ。しかしその時も、フィルム2本を通した後に手放してしまった。あれから2年が経ち、自分の心境も少しは変わってM型が気に入る様になるか?と思って手に入れたM4だったが、結局は2年前と同じ事を繰り返しただけであった。しかもフィルムを1本も通す事が無かった。


今回の一連の事で、自分の中ではっきりと分かった事が一つだけある。それは「最高のカメラ≠最良のカメラ」と言う事だ。M型ライカは機械式カメラとして最高である。これは全くその通りであり、何の異論も挟む余地が無い。「いつかはライカ」こういう言葉が生まれて当然とも思える。しかし、M型ライカは自分にとって最良のカメラでは無かった。そういう意味で、今の自分にとって「最良のカメラ」は何かにつけ華奢だ、有効基線長が短いなどと評価の高くない、このCLだったのだ。

今後おそらく、自分がM型ライカを手にする事は無いだろうと思っている。
「M型よさようなら」
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